FC2ブログ

劇場*491to31

不定期更新短歌ブログです。題詠blog参加などやってます。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

《読書感想》『僕は短歌で彼女を口説く』中牧正太/梓書院

ご無沙汰してます。何年のご無沙汰だって感ですが。今回は、今この時も仕事帰りなうなのですが、ツイッターのタイムラインでお会いする中牧正太さんのご著書についてです。といってもただの下手な感想文です。ぼちぼち、色んなことをここに書き込んでいければな、と思っていますがどうなりますやら。

んで。
中牧さんはツイッターなどを主な場として短歌を発表してらっしゃる歌人さんです。の、傍ら(と言っては語弊がありますが)司法書士を生業としていらっしゃる活躍の場の広い方です。自分は短歌つながりでお名前をお聞きして、直接お話などさせて頂けたのはやっぱりツイッター上が初めてと思います。
そんな氏の、ご著書を仕事場の行き帰りに拝読させて頂きました、というわけです。タイトル通り、歌集。しかも、恋の歌、「相聞歌」のセレクションです。極甘の。← 出会いは仕事場の帰り。ふと、街の図書館に寄ったらあったんですもの。書名は前々からうかがってましたし、そりゃ見てすぐ手が伸びました、ってなもんです。

以前から、失礼ながら、中牧さんは何で王子、王子って呼ばれてるの、と思っていましたけれどこれを読んで分かりました。「僕は短歌で彼女を口説く」。こんな風に、恋にただただひたむきになるって今の自分にはできないっす……と深ーく深ーく首を垂れさしめた一冊です。
まず。
自分が読んでみてなぜそう思うに至ったか。ひとつ、言えるのが、彼女さんを精一杯楽しませよう、っていう心遣いとウィット。これがひしひしと伝わるんです。

手のひらで転がしているシャーペンが君の名前を書きたがってる

脚色も華美もなく、主人公はシャーペン。それとシャーペンを持ってる「僕」。でも思いを代理させたのがシャーペン。「シャーペンって笑」とそのコミカルさにクスリと来そうだけど、逆にさりげなく相手を思う、その象としてこれ以上の好材料はなと思います。

美しきシンデレラ的かぐや姫月夜の0時気が気じゃないよ

これとかは思いを詰め込みすぎな感がして、自分は若干消化不良……っす。短歌として考えると。
でも、恋人へ送るメール文だったらなんのなんの。こうまで言葉を走らされて、赤らまない女性がいますかっての。と、男の自分は思います。

TIME IS MONEYの「M」が僕らには「H」に見える三日月の夜

ウィット命。だがそれが輝く。「H」って一文字を選びながら、それは夜のもにょもにょのことを暗示しているのかは分からないけれども、英文字と「三日月の夜」が下心めかさず甘い雰囲気に昇華させている。「僕らには」と彼女さんを含める前提なのが、恋仲の二人には分かり切ったことなのか、それとも男役としての誘導なのか。まさに王子。

笑顔だけ持ってお嫁にきておくれそれでごはんが三杯食える

シャーペン系統の、思わず送られた相手がクスリとするような一首。添えられてるコメント(メッセージ本文?)もニクいのね。どんなメッセかは実際に読まれたし。

会議後の居酒屋カシスオレンジの文字見て君を思い出してる

んで二つ目に言えること。それは、オシャレな文言を配しながら、それはもう的確で、自然にその空気をつくっているということ。

風呂上がり君の口づけ思い出すりんごジュースが甘酸っぱくて

カシスオレンジとりんごジュースは見開きにあります。
で。どうやったらこんな風に女性を飲み物で喩えられるの。風呂上がり、って初句切れや一首の文脈からすると主体の風呂上がり、と読み取ったんですけど、風呂上がりとりんごジュースの素朴な取り合わせってズルイなぁ。と、思うんです、(自分なら)絶対に思い付かないけれど、風呂上がりの火照った体にはさっぱり甘酸っぱいりんごジュースをまさに欲したくなる。思い浮かべたくなる。体に重いアルコール類とかよりは。風呂上がり、で息が一旦切れるのも、髪を拭きながら体の力を抜いているような調子に聞こえます。カシスオレンジ、というのも飲み物そのものじゃないんです、文字ってことはメニュー。メニューを彼女さんと一緒に見るんだなぁ、と考えながらそこまで細やかに覚えて歌にしていらっしゃるとは。

テロ事件報じるニュース見つめつつバニラをすくう君の白き手

肝心な言葉はいつも飲み込んで笑ってみせる柊な君

バニラの歌は村木道彦の

月面に脚が降り立つそのときもわれらは愛し愛されたきを/水辺の夏『天唇』

を、より、生活くさくしたようなところで態度そのものは似通うところがあると思うんです。異論は認めますが。
でもまず、少し後に出てくるGMの歌といい、小道具の幅が広い。どんな言葉であれ、持ち駒たる「言葉」を多く持つ人は上手いと思う節があります。寡聞ではありますが、「柊」をこういう風に比喩に持って来た例って今まであるんですかね。

君の住む街のかけらと思ったら電柱さえも愛おしくなる

最後に三点目。これは総合的なことですけれど、比率的に多く「君」を詠んでいるということです。言い換えれば、どこかで「君」を思っている、見ているということ。
一首一首単体で見ると、恋そのものや主体が自己のことを詠むのもままあります。

この恋はきっと億年変わらないダーウィンこれをいかに解くのか

君の町濡らした雲がここへ来て距離など怖くないと教える

後者は怖くないという感情に身を決める主体の姿が最後の言外にある。もしくはこう言ってはいるけれど実のところは鼓舞の言葉か。
でもそれは、「君」と同じ雨の下にいられる、安堵めいた心境を下地にしているもんだと感じます。

たくさんのミスマッチから恋は成るそれを楽しむ君が好きです

君が好き。
長々とこねくり回させて頂きましたけれども、「君が好き」っていうことをこれだけ手を替え品を替え、それでも伝えつづける強さーーそれがこの本の見所の一つと思うんです。だから君のどんなところも想い逃すことはしない。余談ですが、そのせいか、ページのすみっこすみっこにいるイラストの女の子が、とても可愛く見えるんです。

これからは同じ所で同じ時ふたりで同じ雨に濡れよう

最後に、数多くある歌の中で、自分が好きなのを挙げるとすれば。先に出た「君の街〜」の一首につづく、これです。
ページを閉じるや、愛しい人に、手紙を書きたくなりました。

以上、拙いながら。
スポンサーサイト
  1. 2016/05/30(月) 21:27:36|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<無題七首一連 | ホーム | 小論・「感応」「解釈」「発露」という私案 ――文芸雑誌『ネヲ』掲載文に対する拡大解釈と私的補遺、そしてつぶやき―― >>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://miyachiyolullaby.blog.fc2.com/tb.php/225-b29cb24f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。