劇場*491to31

不定期更新短歌ブログです。題詠blog参加などやってます。

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告解

以下は身勝手な告解です。どうぞ無視して下さいまし。


……泥短学内報を見、講義中この手に握っている間中血のたぎる思いがしていた。
「こりゃあどえらい試験だ」
と危ないぐらいの高揚感にこぼれる笑みを堪えきられずにいたが、いざ終講の鐘が鳴ると講堂の中から声が起こり始めた。
大学の苛烈な経営方針に異を唱える向きが出始めていた。詳しくは全てを知らないゆえに語られぬけれども、とにかく理路整然としたところで酷評交換会は罵り合いに他ならない、と。云々。
実際問題はそこにあるのだけれども自分にとって意識はもはや別なところに向いていた(以上、失礼な物言いがございましたら申し訳ありません、即刻取り下げます)。


だだっ広い短歌の裾野に分け入ってかれこれ幾年月、さまようにつけあっちの意見も成程、こっちの意見も甘い水、さも夏の夜に浮かれ出る蛍が如く飛び回り、散々光り散らしたはいいものの。
肝心の中身については浮かれすぎの不勉強、碌に歌の鑑賞もできず薄汚い光を撒き散らしていただけだった。
古人曰く、優れた書き手は優れた読み手でもある、と。それは格言の一にて胸の奥に刻むは人それぞれなれど、今はそれが、心に凄まじくしみいるばかりだった。
まだ、まだまだこれから、と将来に望みを託すのも今や怠惰の先延ばしに他ならなかった。しからば何の知識にも眼力にも裏付けされぬ自分の歌など何するものぞ。有名無実夜郎自大、軽薄虚無もいいとこだった。

一言に言えば内実がさっぱりない。
言いたいことが歌に込められていない。
安価な言葉を並べ立てているだけだ。

自分の作の考察推敲、も碌々できやしない野郎が作る歌稿は洛陽の紙価ならぬ歯牙にもかからず、ちり紙として鼻をかまれるぐらいの末路しか考えられなかった。というよりそれしかあるまい。
俺は盛大に歌稿を破り裂いた。


今のところ俺から五七五七七を取った差は等号の先にゼロと出ている。
五七五七七をひねり出すことだけだとしてもそれは全であり即ち一であり、それを引けばゼロとなるのは自明のことであり死を意味した。
森山良子女史がかつてそんなことを歌い上げたというが、それと手前が同と言っては俺はいよいよ馬鹿であるし、とにもかくにもふらふらぼうと学内から自室の真ん中に辿り着き、文字通り自失して座していた。


然れども。
いつしか手には学内報があった。この不真面目惨めの有り様でもそれだけは手放さなかった。
こんなことを書いてはいよいよかわいそがられのクズ野郎としか思われないだろうが構わない。元よりTwitterは日頃の愚痴や些細な発見の発表会ではないか。
曲がりなりにも一度は野に出た蛍である。虫である。一寸の虫にも五分の魂と言うようにそのかみの短歌界には一度は憧れを抱いた身である。
こうして自然と舞い戻ってきた、というよりは気になって話題の流れを見ているということは、未練と何と言うもよし、少なからず短歌を好いている心根がある、ということだろうか。
やはり、それは是だ。
どうしても五・七・五・七・七の節回しが好きでしかいられない。

今思う。
俺の作るのは短歌ではなければ歌でもない。それは厳然として変わらぬ。しかして未だ五七五七七の形を作ることのできる自分に甘えている節がある。
そんな(あくまで自分の中の)「作れて形になってるからいいじゃん」というような(あくまで、自分の中の)軟派な考え方は、昨今雪風巻く日本海の藻屑にでもなっていればよい。
故に、
「こんなのは短歌と呼べる以前に日本の文として情緒も構成もレトリックもへったくれも成り立っていないんですよ分かってるんですかこの人は」
と、歌稿も心も自分の納得する言葉や状況で散々に破り散らしてくれることを今は切実に望む。
そうでもしないとやめることも先に進むこともできないだろうし、この先も、今生の限りその一瞬が来るまでしぶとく生き残るだろうと自分は思う。
たといそれで吹っ飛ばされてどこかの海に落ちようと、平家蟹になって壇ノ浦で這いずり回っていられればいいし、それでも折れていなければ深泥ヶ池にだろうと花の都の東京にだろうと平家蟹のなりで藻屑引きずって帰って来るまでだ。


そう思い立ったが刹那に部屋を飛び出して、深々と雪の闇つつむ大学講堂前まで戻ってきていた。
相変わらず雪風が凄まじい。
かくなる上は、遺言代わりの拙作を引っ提げてこの場に戻ってくるってのがよろしかろう。
そう思って大きな影と化した建物を見上げる。
そもそも、義務教育以上の教育機関は、そこでやりたいことに志を持つのもいいけれども、昨今はそれより先の就職という登竜門の前にただある鍛練場、通過点のひとつに過ぎない。
ただでさえネッ広のTwitter大荒野。とにもかくにも行かねば話になるまい。


という具合で、自分は私欲を満たすためだけに名を連ねる低俗な学徒であります。
再び我らが学舎に、行こうがそれまで又迷おうが、後ろ暗い野心を持ち参じることだけは確かであります。
それでも講堂の戸を開いて頂けるならばこれ幸いと席に滑り込みますし、そうでなければ惜別に校章バッヂと花を手向けてさっさとよそへ移るくらいの礼節は弁えているつもりではあります。


以上、いつ消えるか分からない野郎の備忘録として記しとどめるものであります。
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テーマ:短歌 - ジャンル:小説・文学

  1. 2014/02/05(水) 02:06:49|
  2. 雑記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1
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コメント

こんばんは

「うたのわ」以来ですね・・・お久しぶりです。
お元気そうで何よりです。

ちなみに歌は五七五七七の「形」ではないと思っています。
歌は「調べ」敢えて言い変えるなら「流れ」ではないかと思っています。

何処から何処へ。
流れて行くのか・・・流れているのか・・・

私は相も変わらず、ゆるゆるとやっています。
良かったら、また「わ」の外で一緒に遊びましょう。

ではでは。


  1. 2014/06/06(金) 22:31:46 |
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  3. 周凍 #ghTpOKX6
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